スリランカに伝わる『ワニの掟』というお話しです。
むかしむかし、ある所に大きな池があり、そこにワニが住んでいました。
ワニの体は、水を飲みに来る動物達を餌にしているので、ぱんぱんに太っていました。
そんなある年、その地方に大干ばつがありました。
川や池などの水はどんどんなくなり、動物達は困っていました。
日射しが強まり、池の表面の泥は固まってひびが入り、干ばつがますますひどくなりました。
干ばつが進むにつれ、ワニはいよいよ困ってきました。
水も餌も無くなったので、他の水場へ行こうと思いましたが、巣穴の入り口が固まって出られなくなりました。
(ワニは長い時間、水も餌も無くても生きていられる動物です。恵みの雨が降り始めると活発に活動するのが特徴です。)
穴の中に閉じ込められたままのワニは、外に出られずにじっとしていました。
助けがないと出られないので、誰かが来るのを待っていました。
しかし、ワニは怖い動物なので、誰も近づこうとはしません。
外の様子を警戒していたワニは、一人の若者の足音を聞きました。
この若者は妻のお産が迫っていたので、産婆さんを頼みに行く途中でした。
「だれか!友よ!どうか助けてください。私は何日もこの巣穴に閉じ込められたままで、水も餌も無く死にそうです。どうか助けてください。」
これを聞いた若者は、(かわいそうなワニだ。助けてやらなければこのまま死んでいくだけだ。助けてやろう。)と思い、あたりを見回して一本の棒を拾いました。
若者がその棒で穴の入り口を大きくすると、ワニが出てきました。
ワニは若者にお礼を言うと、頼みごとをしました。
「若者よ、私は巣穴から出られても、ここには水も餌もなくこのままでは死んでしまう。どうか私を近くの水辺へ運んで下さい。」
親切な若者は行く途中に水辺があったことを思い出し、ワニをかついで行きました。
若者が水辺に着き、ワニを離した瞬間に、ワニは恩人の足に鋭い牙で噛みつきました。
ワニは何日も獲物がなかったので若者を殺して食べるつもりだったのです。
若者は怒って言いました。「私はお前を助けてやったのに、私を殺そうとするのは理屈に合わない。」
ワニは言いました。「お前さんの助けに感謝するよりも私の空腹を満たす方が先だ。だからお前を食べるつもりだ。」
これを聞いた若者が「それなら、助けてくれた人に対してこのような道理が通るものかどうか、中立を守るものにたずねてみよう。」と言ったので、ワニは「理屈なんてどうでもいい。この世の中で、お前のような恩人を自分の都合で殺してしまって何が悪いんだ。」と反論しました。
すると若者は、「ワニさんよ、お前は公正や道理のわかる者ではなさそうだからお前のいいようにしなさい。でもその前にこのようにしても良いか悪いかを中立の者に尋ねてみよう。先ずこの木から。」
この言葉にはワニも賛成して二人は木の前行きました。
若者は木に近づくと「立ち木さん、私たち二人はそれぞれ公正を求めてあなたの前に来ました。どうか公正な判断をして下さい。」と言って状況を説明しました。
すると立ち木は驚くべき判断を下しました。
「ワニよ、この若者を離すな。人とは恐るべきものだ。人間は木陰に休んでも感謝の心もなく、帰る時には枝を取ったり皮を剥いたりするのが当たり前になっている。だから動物より人間のほうが悪く礼儀も知らない。殺してやれ。」
立ち木の判断に満足できない若者は、そこを通りかかった牛のところに行きました。
牛に助けを求めた若者は自分が直面しているおそろしい出来事を話しました。
牛は二人にこう言いました。
「ワニよ。この人を殺せ。人とは恐るべきものだ。人間は私たち牛の乳をよく飲むばかりか我々を殺して肉を食べるのだ。情けも徳もないそういう者は動物の私たちよりも悪者だ。」
牛の判断を聞いた二人が山を歩いて行くと、ジャッカルに会いました。
若者は自分の悲惨な出来事をジャッカルに話しました。動物の中で一番賢いジャッカルが言いました。
「若者よ、お前さんの話すことがよくわからないので現場に行ってみよう。」
そこで三人は現場に戻って行きました。
そしてワニを巣穴に入れて、もとのように入り口を土で閉めました。これを見てジャッカルが言いました。
「若者よ、二度とあんなばかなことをしないでくれ。もう大丈夫だ。ワニは出られないからこの棒で叩き殺してやれ。何を言おうと私は人間の優位をよく知っている。さあ、これでワニの悪質さがよくわかっただろう。」
こうして若者とジャッカルは別れて行きました。